初恋は遠くへ、僕は僕の場所で

高校時代の初恋の彼からの突然の連絡
社会人になってだいぶ経った頃、高校時代の初恋の彼から突然連絡があった。
「今度、東京に行くんだけど。久しぶりに会えないかな」
大学を出て就職してからは実家に帰ることもなく、同級生と会うこともほとんどなかった。だから再会は実に7、8年ぶり。
しかも聞けば――近いうちに結婚するらしい。
新宿での再会と衝撃
新宿で会った彼が連れてきたのは、素朴でかわいらしい婚約者。出会いは地元の英会話スクールだという。
……なんて健全でナチュラルな出会い方!
アプリやバー、ハッテン場での出会いに慣れた僕には、それはもう雷に打たれるくらいの衝撃だった。
さらにお願いされたのは、結婚式の出席とスピーチ。もちろん快諾したけれど、「僕と彼の思い出=万年片思い」なので、何を話せばいいのか頭を抱えた。
結婚式当日の大失態
数ヶ月後、彼氏を連れて結婚式へ。式に出るのは僕だけで、そのあとは観光するつもりの小旅行だった。
ところが当日、やらかした。
寝坊して飛行機に乗り遅れたのだ。仕方なく空港で当日券を購入し、財布が一気に軽くなった。
なんとか次の便で現地に到着し、ギリギリ結婚式に間に合ったときは、もうそれだけで一仕事終えた気分だった。
記憶から消したいスピーチ
そして迎えたスピーチの時間。
……結果は、中身ゼロ。
当たり障りのないことしか言えず、記憶から消したい黒歴史となった。
でも、不思議と後悔はなかった。
なぜなら思い返せば、僕が彼に初めて「好きだよ」と言ったのは、冬のバス停で体臭を気にする彼に「大丈夫だよ、その匂い好きだよ」と伝えたとき。
恋の告白でも何でもないけれど、あれが僕にとって最初の「好き」だったからだ。
遠ざかる初恋と、僕の今
その彼はいま結婚して幸せそうで、僕も彼氏を連れて旅行している。
それぞれの人生を歩いているけれど、あの冬のバス停の一言があったからこそ、今の自分も悪くないなって思える。
そして数年後。
彼から届く年賀状には、子どもの写真が添えられるようになった。
年々成長していく姿を、年明けにポストから取り出すたびに眺めながら、どんどん遠い存在になっていく気がした。
かつて毎日顔を合わせていた同級生も、今は家族を持ち、別の人生を歩んでいる。距離を感じないはずがない。
それでも――僕には僕の今がある。
彼氏と一緒に過ごす日常だって、十分に幸せなものだ。
初恋は叶わなかったけれど、冬のバス停で口にした「好きだよ」は、僕を前に進ませてくれた最初の一言だった。
だから今は、素直に思える。
初恋の彼が遠くにいても、僕もちゃんと僕の場所で、幸せに生きている。